北天満サイエンスカフェ
北天満サイエンスカフェは、天五中崎通り商店街(おいでやす通り)で行われている、まちづくりと地域活性のための
プロジェクトです。お茶を飲む気軽さで、科学者と一般の皆さんが議論・交流する場を提供しています。


お知らせ

2018.4.23
5月20日、第120回北天満サイエンスカフェは、天五中崎通商店会アーケードで開催します。

次回のサイエンスカフェ

第120回 北天満サイエンスカフェ

2018年 5月 20日(日)14時~16時

話題提供:久志本俊弘さん(公害環境測定研究会)

会場:天五中崎通商店街アーケード中央(黒崎町交番付近)



前回のサイエンスカフェ

第119回 仮想通貨とは何か?
最近、仮想通貨なるのものが世の中を騒がせています。レートの乱高下で大儲けしたり、逆に財産を失う人も。果ては取引所から大量に盗まれるという事件も発生。そもそも仮想通貨とはいったい何なのか?を安木新一郎さんに解説してもらうことにしました。安木さんは、当サイエンスカフェでは3回目の話題提供です。前回は古代からアジアで流通していたタカラガイという不思議な貝の通貨のお話をしていただきました。



仮想通貨は英語ではDigital Currencyと呼ばれていて、仮想でも空想でもないそうです。安木さん曰く、日本で「仮想」と呼ばれるのは、日銀がこれを通貨と認めたくないからではないか。しかし、よく考えてみると、身近で流通している1万円札だって、しょせん紙切れに過ぎず、それは1万円相当の価値のvirtualな姿なので、電子化された「仮想通貨」も同じことですと安木さん。ちなみに世界で最初の紙幣は10世紀に中国の北宋に現れ、元の時代に銅銭にかわって大規模に流通したそうです。そのころの紙幣には3年の使用期限があったそうです。

貨幣には、価値の尺度、支払い手段、価値の保存という3つの役割りがあります。ビットコインの場合、もともと少ない発行量の10%しか流通しておらず、その結果価格が乱高下し、とても価値の尺度にはならない。支払い手段としては、銀行を介せず海外送金もできるので、確かに合理的。しかし、実際に日常生活で10ドルのピザをビットコインで買うという実験では、50ドルの手数料が発生し、10ドルのピザに60ドルを払うはめになったそうです。



そもそも、仮想通貨は、リーマンショック後、ITバブルの崩壊のあと、新たな投資先として現れました。そしてそれを実際に作ったのは、インターネットのハッカーたちだそうです。彼らは金融市場で、ゲーム(実験)を楽しんでいるのかも。

安木さん曰く、ドルやユーロ、円など、広い地域や国で、単一の通貨が使われているのは、歴史的には稀なこと。日本でも江戸時代には、米が財の尺度になっていたし、流通では東は金、西は銀が使われていました。また、ギリシャが破綻したように、広い地域が単一通貨になることは良いことばかりではない。さらに、世界で圧倒的に流通している(つまり信頼されている)ドルは、アメリカの軍事力で担保されている。通貨が表しているその価値とはいったい何なのか?深い疑問が湧いてきます。

安木さんが言われるように、目的に応じて通貨を使い分けることを考える時代になったのかも。

第117回 西アフリカ・セネガル 奴隷貿易の島を訪ねて
今回の話題提供は、湯淺精二さん。生物進化の研究者です。昨年12月にセネガルの首都ダカールで開かれた国際会議に出席したときに、奴隷貿易の島として世界遺産にも登録されているゴレ島にも立ち寄りました。湯淺さんはこれまでにも、生物学研究者として何度もアフリカを訪ねています。



湯淺さんははじめに、つい先日(今年2月)に、アメリカ南部テネシー州メンフィスで行わた労働者たちのストの写真を見せてくれました。プラカードには、「私たちは人間だ」と書かれています。1968年2月、ちょうど今から50年前のメンフィスで、同じスローガンを掲げた黒人労働者たちのストが起こりました。黒人労働者2人がごみ収集トラックに押しつぶされて死亡したことが発端でした。

湯淺さんは、生物学における種の概念を説明します。交配で代々子・孫に遺伝子を受け継いでゆくことができるのが種で、現存のヒトは生物学的に同じ起源をもつ単一の種であると言えます。「人種」というのは、むしろ文化的概念でなのです。肌の色はメラニン色素を発色できるかどうかだけの違いで、同じ「人種」に属するヒトの間での遺伝子のばらつきの方がはるかに大きい。人間は目につく表面的な特徴だけに捕らわれる傾向があります。

ゴレ島は、西アフリカ西端のセネガルの沖合に浮かぶ火山島で、大きな船を接岸でき、奴隷として売り買いされる人が逃げ出さないようにするのに、好都合でした。16世紀から19世紀にかけて、大西洋を渡りカリブ海とアメリカ大陸に、たくさんの人が連れていかれました。とりわけ子どもと若い女性は高く取引されたそうです。

全長約20メートル(ちょうど電車1車両の長さ)の奴隷船に、何百人も押し込められました。最大密度で詰め込むために、まるで干物を並べるように、頭と足を互い違いにして寝かせられ、1ヶ月以上かけて大西洋を渡ったそうです。その間、食料が与えられたかは不明。海を渡る間に2割が死んで、海に捨てられたと言います。奴隷は家畜として取引されたと言いますが、商品である生きた家畜はもっと丁寧に扱われるでしょう。

どうしてこのような奴隷貿易が300年にも亘り続いたのか。根底には、人間を人間と認めない、別の下等な生き物だと思うからできる。人身売買は決して、昔の遠くの話ではないなどの意見が参加者から出されました。

…(前回以前の記録)