北天満サイエンスカフェ
北天満サイエンスカフェは、天五中崎通り商店街(おいでやす通り)で行われている、まちづくりと地域活性のための
プロジェクトです。お茶を飲む気軽さで、科学者と一般の皆さんが議論・交流する場を提供しています。


第102回 地域コミュニティに求められる「場」 ひとりも孤立させない地域をめざして
穏やかな日和になった日曜の午後、いつものように天五中崎通商店街路上を会場に、サイエンスカフェが開催されました。今回のテーマは「地域コミュニティ」で、今年4月に大阪市北区長に就任された上野信子さんに話題提供していただきました。上野さんは、それまで大阪市立大学の研究員として、大阪市西区のコミュニティづくりの社会実験を実践されていました。今度はその経験が、北区のコミュニティづくりにどのように生かすことができるのか、北区で地域活動を実践されてきた皆さんと意見交換する場として、今回のカフェは設定されました。

当北天満サイエスカフェ自身も、第1回が開催された7年前から、地域コミュニティの育成に資することを目指し、そのために誰でも自由に参加できる場として、商店街アーケードを利用した路上開催にこだわってきました。この日、上野さんは直ぐ近くの区役所から愛用の自転車で会場に。開始時間には、北天満地域活動協議会会長をはじめ、北天満の他、泉南や兵庫県で地域活動をされている方々、インターネットを見て初参加の若者、通りがかりの人も集まってきました。



サイエンスカフェ開始早々、上野さんは参加者全員に次々と質問。「地域って何? コミュニティという言葉でイメージすることは? 日常生活で困ったときに誰に相談する?・・・」。参加者がそれぞれに思い描いている地域コミュニティのイメージが出されたところで、上野さんは、北区や大阪市の具体的なデータをスライドで紹介。北区は人口増加中で、今後も増加が見込まれている地域。高齢者も増えているが、30代、40代の人口増も大きい。これは都心の便利な地域であることから、タワーマンションなどの大型集合住宅が増えているため。また、オフィスや商業施設も多いので、昼間人口が区民の3倍にもなるのも北区の特徴。

北天満地域の参加者からは、商業施設だけでなく、大きな総合病院もあり、北区はとても住み心地の良い地域。また、江戸時代からの歴史を持つ地域で、もともとの住民には神社などの伝統行事を通じた強い結びつきもある。しかし、流入人口には単身者や外国人も多く、交流が進まないという悩みも出されました。

上野さんは、大阪市内に820もある地域の小さな公園「街区公園」に注目して、それを地域コミュニティの場にする試みを紹介しました。上野さんたちは、西区のある公園の清掃活動をきっかけとして、地域の企業も巻き込みながら、「新町・アワザサーカス」という大きなイベントを開催するまで育てました。北天満からの参加者からも、廃校になった北天満小学校の清掃から始まって、芝生の植えられた校庭が、地域のイベントや音楽祭に活用されている例が紹介されました。



このようなイベントで大切なのは、仲間内で盛り上がって終わってしまわないようにし、様々な人々が交流できるような仕掛けをつくりこと。新住民と旧住民がそれぞれに役割を果たせる場を作ることではないかという意見も出されました。また、若い参加者からは、伝統的なお祭りでも、若者がお客さんでなく、主体的に関われる仕掛けが必要だという意見も。

討論では、拒む人のない地震や水害に備えた防災の具体的な取り組みが、新旧住民がお互いをよく知るきっかけになってゆくのではないか。ガス漏れ検知器の配布などを通じて、昔ながらの向う三軒両隣の町会の活動が、高齢化の進む地域では大切などの意見が出されました。また、上野さんからは、区役所としてマンション自治会単位での町会への加入を勧めていて、最近北区の地域活動紹介パンプレットも作成したことも紹介されました。



今回のテーマ「ひとりも孤立させない地域」を作ってゆくためには、何かある決定的に有効な方法があるわけではなく、例えば参加者から出された0歳から3歳の子を抱えるお母さんの悩みなど、多様な要求にアンテナを張りながら、労力を惜しまず、それらに応える地道な活動を多重に広げて行くことが必要なのか。今回の北天満サイエスカフェも、そのために少し役立ったかもしれません。北区にある19地域で、それぞれ今回のようなカフェが開かれるようになればいいですね。

第101回 リニア新幹線は何を運んでくるのか
北天満サイエンスカフェは101回目となりました。今回の記念的なカフェの話題提供には、もともと機械工学が専門の西川榮一さん(神戸大学名誉教授)にお越しいただきました。テーマはリニア新幹線。ちょうど、政府はリニア新幹線大阪延伸を8年前倒しするために、3兆円の融資をJR東海に行うことを決め、11月1日には長野県大鹿村で着工式が行われました。計画通りに開業すれば、東京大阪が67分で結ばれ、東京・名古屋・大阪が1つの都市圏となる「スーパーメガリージョン」が実現するという謳い文句です。



西川さんは先ず、リニア新幹線の技術について解説しました。リニア新幹線は、従来の鉄道と違って、時速 500 kmを達成するために車輪で人を運ぶことをやめました。実際にこれまでの鉄道の速度の世界記録は、フランスのTGVが時速574.8 kmというのを試験走行で達成しているのですが、線路へのダメージが大きくて、とてもそのままでは営業運転はできなかったそうです。リニア新幹線は、磁石の引力と反発力によって10 cmも車体を浮かせる磁気浮揚を実現します。そのために、リニア新幹線は液体ヘリウムで冷やされた超電導磁石を車体に搭載し、強力な磁場を発生させます。また、推進にはリニアモーターを使い、線路に沿って一列に並べたコイルに次々と電流を流し電磁石にして、その磁力で車体を動かします。リニアモーターは、すでに大阪の地下鉄、長堀鶴見緑地線などでも使われていますが、リニア新幹線では、電流を流す1次側のコイルを線路側に並べ、車体には動力がない構造になっています。

人間がこれまでに開発してきた様々な移動手段の効率を比較するため、西川さんはカルマン・ガブリエリ線図というグラフを示しました。グラフは縦軸に、1時間で1トンの荷物を1キロメートル運ぶのに、どれだけのエネルギーを費やすかを示し、横軸はそれぞれの交通機関の速さを示します。日常経験しているように、人や物を速くたくさん運ぼうとする程、コストがかかるようになります。遅いけれど輸送コストが格段に小さいのは船です。大きな船程コストが下がるので、日本の造船所は100万トンのタンカーを製造するドックを持っているそうです。しかし、大型石油タンカーの座礁事故で、大規模な海洋汚染が頻発したため、100万トンのタンカーは未だ実現していないとのこと。時速40 kmから500 kmの範囲なら、あらゆる交通手段の中で鉄道がもっとも優秀で、特に日本の新幹線は、「のぞみ」も「ひかり」もそれぞれの営業速度で最も成績の良い交通手段になっていることが示されました。これに対して、飛行機は時速1000 kmを実現できるけれども、どの速さにおいても最もコストがかかることが分かります。さて、問題のリニア新幹線は、もはや車輪で車体を支えることをやめたことから想像されるように、ジェット機と同じくらいのコストになることが示されました。コスト的には、地上すれすれを飛ぶジェット機と同じということに。JR東海の計算によっても、リニア新幹線の電力使用量は94 Wh/座kmなので、新幹線のぞみの21 Wh/座kmの4倍以上。トータルの輸送コストにしても、確実に在来新幹線の3~4倍になることを西川さんは指摘しました。

ところが、不思議なことに、今示されているリニア新幹線の料金は、在来新幹線+1000円。これには、幾つかのからくりがあるはず。西川さんは、その1つに、東海道新幹線の料金がが、そもそも高すぎるという事実を示しました。2013年のJR東海の営業係数は43.3で、100円の運賃をもらって、経費に43.3円しか使っていない。一方、最近半分以上の路線を維持困難と発表したJR北海道の営業係数は、134.6となっています。JR東海は収入の80%を新幹線から得ている。つまり、東海道新幹線で荒稼ぎをしているわけです。ならば、東海道新幹線と並行して走ることになるリニアがペイするのかという疑問も湧いてきます。JR東海によると、東京大阪間の新幹線旅客が2005年実績の2500万人から、2045年にはリニア新幹線の旅客は4500万人、東海道新幹線は700万人になるとしています。しかし、既に日本の人口は減少し始めているのに、これから本当にこれだけの需要予測が見込めるのかも検討せねばならないでしょう。



最後に、西川さんは参加者に根本的な問いかけを発してくれました。私たちは生活するために移動せねばならないけれども、その時間は短くしたい。その時、速く移動して移動時間短縮する方法と、移動距離を短くする方法がある。しかし、速く移動するには、コストがかかり、そのコストを払うために余分の時間を労働に費やさねばならない。とするならば結局、速く移動して得たはずの時間は、すべてそのための労働時間で失われしまうことになってしまう。この日参加者から最もうなずきが多かったのは、西川さんがホセ・ムヒカ前ウルグアイ大統領の言葉「私たちは市場で何でも買うことができます。しかし『買う』のは、お金で買っているのではありません。そのお金を稼ぐのに費やされた、あなたの人生の時間で買っているのです。たから節度が大事です。人生を享受するには、自由な時間が必要だからです」を紹介された時でした。西川さんは、新幹線料金を「機会損失モデル」を使って、お金のコストでなく、時間のコストで説明しました。すべての人は等しく1日24時間しか与えられていないので、時間のコスト計算はとても説得力があるものでした。

討論では参加者から、リニア新幹線が南アルプスなどの地下を走るため、その建設残土による環境問題や地震の時の安全性の問題なども指摘されました。今回のサイエンスカフェは、最新の科学技術が際限なく生活につぎ込まれ、バラ色の未来が描かれるけれども、その是非を私たちの生活のあり方から、根本的に問う姿勢の大切さを考える機会になりました。

…(続き)