北天満サイエンスカフェ

北天満サイエンスカフェ
北天満サイエンスカフェは、天五中崎通り商店街(おいでやす通り)で行われている、まちづくりと地域活性のための
プロジェクトです。お茶を飲む気軽さで、科学者と一般の皆さんが議論・交流する場を提供しています。


第69回「国境を越える大気汚染 PM2.5って何?」
寒い日が続きますがじきに気温が上向いてきそうですね。今回の北天満サイエンスカフェでは冬から春にかけて多く飛来するというPM2.5について兵庫県立大名誉教授の河野仁先生から話題提供頂きました。
そもそもPM2.5とは直径2.5μm以下の粒子の総称・・・ということなんですがサイズが中々ピンときませよね?しかし河野先生の線香の煙の粒と同程度なんだという説明から非常に小さいものであることがイメージできました。確かにそれだけ小さいとちょっとした風の動きで空気中に漂い続けられそうですね。中国から日本まで届くのも納得です。

さて、PM2.5の大きさは分かりましたがその正体って何なんでしょうか?先生曰く硫酸塩や硝酸塩や煤の粒子が主成分ということです。○○塩なんてややこしく感じられるかもしれませんが酸性雨の元になる物質の仲間ですね。 そういった粒子が大量に空気中に漂っていると呼吸をすることで肺の奥深くまで入り込んでしまって肺胞に沈着し、様々な悪影響を及ぼすそうです。主だったところでは気道や肺の炎症誘発や感染症への抵抗力の低下に始まる呼吸器系への悪影響、血栓形成の誘導等の循環器系への悪影響等を及ぼす恐れがあるとのことでした。
ここで重要なのがPM2.5のサイズが小さいということで、もしPM10などと言われるようなもっともっとサイズが大きいものの場合は気道辺りまでしか進入できず影響は小さいそうです。ところが同様の物質でもサイズが小さいことによって奥まで入り込んで悪さをするがゆえにわざわざ「PM2.5」と名づけて動向を注視しているわけなんですね。

では私たちができる対策と今後の動向はどうなのでしょうか?参加された方からは「マスクをしていれば防げるの?」という質問が出ましたがその答えとしては「有効だが完全に防ぐことは難しい」でした。ただし、PM2.5の濃度の内訳として4~6割は日本で発生したものであることを考えると近年騒がれ始めるより以前から私たちはこの物質にさらされていたわけですね。 また、大きな発生源となっている中国では特に東部は逃げ場がないほど汚染が拡大している様子を分布図で示して頂きました。防ぐことが難しいなら日本の公害対策の歴史と同様に中国でも規制が進むのに期待せざるを得ませんがそれも中々難しいようです。 実際にPM2.5の発生が抑えられるまでの道のりを考えた場合、まずこれではダメだと世論が巻き起こって、世論に動かされた政府が国としてお金をかけて5年10年かけて技術者を育成して、その技術者が規制を監督する必要があるそうですが、少なくとも一朝一夕ではいかなさそうです。
今春はPM2.5の飛来状況が悪化するとの情報も出ています。ニュース等で注意喚起された場合は可能な限り外出を控えて様子を見る等の自衛に努めたいですね。
(F.M.)


第68回「わくわくどきどき 遊びとデザイン -再発見!?日本の美 -」
2014年第一回目の北天満サイエンスカフェは、新しく商店街にできたお洒落なセミナースペースで行われました。テーマは『わくわくどきどき 遊びとデザイン -再発見!?日本の美 -』。西洋と日本の美術/デザインに対する見方の違いをテーマに、日本がいかに海外とは異なる独特の美術/デザインの感性を持っているかを再認識させてくれるサイエンスカフェでした。今回話題提供してくださったのは大阪国際大学現代社会学部情報デザイン学科の森友令子さんです。

まず最初のクエスチョン。「外国と比べて日本はなにが違うと感じますか?」
会場からは言語、コミュニケーション、建築物、一番多いのは食事でした。確かに会場のみなさんには、海外と日本の違いをしっかりと持っているようです。
そもそも日本には海外諸国には見られない独特の文化が息づいており、私たちもなんとなくそれを感じています。それはなぜなのか?
森友さんによれば、それは日本の文化のいたる所に「遊び」が盛り込まれていることにあります。そもそも日本にはオンリーワンがベストワンという発想がありません。東の横綱、西の横綱という言葉があるようにオンリーワンは作らず、常に競い合う発想がありました。これも一つの遊びだと思います。その発想が日本の独特の文化を創り出しています。それがモノづくりにも反映されています。
世界各地の文化がその発信源から極東に位置する日本に伝わるまでに、他国の文化も吸収し、変化しながら日本へと伝わってきます。日本は「文化の受け皿」とも言われていたとか。

伝来した文化の中で、モノづくりの担い手である日本の職人たちは前述した「競い合う」精神とその道を「極める」ことに傾注しました。私たちが考える「いかにも職人」のイメージは「頑固者」「プライドが高い」などがあると思いますが実は正反対。極めることにゴールはないため「未だ人を満足させるものはできていない」といった、謙虚な人たちだったそうです。極め続けるものは後世にも引き継がれ、そのデザインも精巧なものとなり、いつしか海外には見られない独特の文化となりました。その職人たちが作り出す様々な物の装飾にも遊びが盛り込まれており、季節感や情景を連想させる絵やデザインを施すことで作り出したモノの価値をさらに高めていました。
また日本人のデザインへの遊び心はそれだけでなく、かつての日本人が得意としていた「何かに見立てる」ということにも現れています。例えば綾取り。会場の若者にはピンと来ていませんでしたが輪っかにした紐を様々な動物やモノに見立てる遊びはかつては一般的なものでした。さらに家紋。家紋のデザインは一定の法則にのっとって形づくられますが、見立てた形としてチョウや三つ葉、白菜や大根にまで至るとか。これには会場も驚いていました。日本人の遊び心なくしてこれは生まれなかったのだと思います。
 なかなか芸術には手を出しにくいとお思いのあなたも、一言では語り尽くせないほど長い歴史と遊び心をふんだんに盛り込んだ日本独特の文化を、改めて見直してみてはどうでしょうか?
(M.T.)

…(続き)