第134回 高齢者、障がい者にやさしい バリアフリーの街をつくる 台風接近により2週間遅れで始まった、第134回サイエンスカフェ。今回の話題提供者は栂紀久代さん。交通事故により車いすで生活されているご自身の体験を交えながら、障がい者が安心・安全に暮らせる街について、とくにユニバーサルデザインの観点からお話ししてくださいました。 「弱い人が安心・安全に暮らせる街は、誰にとっても住みやすい街です」と栂さんは言います。日常に不便を感じているのは障がい者だけではありません。高齢者・ケガ人・日本に不慣れな外国人など、それぞれがそれぞれの不便を抱えながら暮らしています。だからこそ、「ユニバーサルデザインの街づくり・人づくり」が重要なカギとなるのです。 特定の障害を除こうとするバリアフリーと違って、ユニバーサルデザインは始めから多様な使用者を想定し、誰にでも使いやすいようにと考えます。しかし、健常者の想像によるデザインでは本当のニーズに応えられていない場合が多くあるそうです。これは当事者が企画に携われば簡単に解決できる問題だと気づいた栂さんは、自ら様々なモノをデザインしています。その例として、重みを肩で受けることで非力な人でも安全に運べる担架が紹介され、実際に6名の参加者が体験する場面もありました。 栂さん曰く、「障害は人にあるのではなく、環境にある。」 全ての人には基本的人権、生きる権利が保障されています。例えば災害が起こったとき、みんなが本当に安全な場所まで逃げられるように何が避難の障害となるかを把握しておくこと、その命を守りきることができるような街づくりが重要です。 また、栂さんはソフト面でのユニバーサルデザインも重視しています。7原則を提唱し、そのうち真心と配慮について、この2つを合わせておもいやりになるのだとか。 障がい者は、健常者が当たり前だと思い込んでいる身体機能のどれかを失っています。一見不幸に思われるかもしれませんが、それによって「ありがとう」と言える幸せ・誰かに手伝ってもらえる幸せを得るのだそうです。 健常者は障がい者を手伝うことを義務に感じるのではなく、「ありがとう」と言われる幸せに変換してもらいたいとのことでした。 参加者から、障がい者を理解するための教育の必要性に言及したコメントがありました。それに対して栂さんは、「障がい者などの弱い人を助けるのは本来当たり前のことなのに、日本の現状はそうではありません。」と人々の意識の低さを嘆き、「『百見は一体験に如かず。』教育プログラムとして車いす体験などを取り入れることで街の不便さを体験することは非常に有効な手段です。そうして相手の立場に立って考え、手を差し伸べられる人づくりをしなければなりません」と締めくくりました。 昔ながらの面影を色濃く残す商店街には多目的トイレなどの設備がなく、誰にとってもよい環境とは言い難い部分もあります。そんな場所で今回のサイエンスカフェを開催する試みは、優しい街づくりをみんなで考えるよい機会となったのではないでしょうか。
第130回 アマゾンの戦略と個人情報利用 たくさんの人が行きかう行楽日和の商店街アーケードに椅子が並べられ、北天満サイエンスカフェが始まりました。今日の話題は、世界で一番大きな通販会社アマゾン。流通が専門の宮崎崇将さん(追手門学院大学)に解説していただきました。 アマゾンは、アメリカにおけるネット通販のシェア50%で、日本でも利用者は多い。あらゆる商品を揃えており、注文すると翌日には配達される。その商品は1200万種にのぼる。マーケットプレイスを含めると3億5千万品目。ちなみに、コンビニは3000品目、ホームセンターで7万~10万品目なので、けた違いに多い。大阪周辺にも3か所の流通センター(巨大な倉庫)があり、宮崎さんはその倉庫で膨大な商品がどのように管理されているのかを解説してくれました。 通常の倉庫と違って、商品の種類ごとの棚があるのではなく、商品は納品された順番に空いた棚に置かれてゆきます。そのため、商品の場所を知っているのはコンピュータ(AI)だけで、倉庫の労働者たちは、ひたすらAIの指示通りに移動し、商品を見つけ出し、それを箱に詰める。時給は950円なので、ほぼ最低賃金。欧米では、さすがにこんな労働条件では働き手が集まらず、時給は1500円に引き上げられたそうです。 何でもすぐに手に入る、品揃えを多くすることがアマゾンの戦略ですが、かつてダイエーなどが同じ戦略で店舗を展開して行き詰っていったのに、何が違うのかという質問が参加者から。アマゾンでは、AIが常にすべての在庫・物流を最適に管理し、無駄を最小限にコントロールしている。アマゾンはIT企業であり、それがアマゾンの最大の強みになっているとのことでした。 何でもアマゾンで買えるので、商店街で買い物することは無くなってゆくのではないかとの質問も。リビングルームのAI「アレクサ」を相手に、あいまいな注文をしても、アマゾンはちゃんとお勧め品を届けてくれるし、近頃はAIが毎日着る服のアレンジもしてくれるのでますます便利に。一方、それに伴いアマゾンなどの巨大IT企業が、消費者の膨大な個人情報を収集し利用していることに対して、EUは最近個人情報保護の規則(GDPR)を決めました。 最後に宮崎さんは、「アマゾンが個人情報を使って自分に最適な商品を常にオススメしてくれる」のはダメなのだろうか?と参加者に問いかけました。
第129回 わが街の災害に備える ハザードマップの作り方・使い方 北天満サイエンスカフェはこれまでも、必ずやってくる南海トラフ地震に備えて、私たちが成すべきことを議論する場を作ってきました。第114回「南海トラフ地震に備える」(2017年11月)では、話題提供者に田結庄良昭さん(神戸大学名誉教授)を迎えて、南海トラフ地震が起こった場合に予想される大阪市北区における様々な被害を解説してもらいました。その報告の内容は、論文として月刊誌『日本の科学者』(本の泉社、2018年5月号)に掲載されているのでご参照ください。 大阪市は、海抜2メートルにも達さない低地が広がり、地下街や地下鉄の発達した人口密集地です。そのため、最も深刻な被害が予想されるのは津波です。実際に、これまでも大阪は繰り返し津波の被害を受けてきました。第125回(2018年 11月)では、松枝俊明さん(大阪府都市整備部河川室)に「大阪の津波対策」の現状をお話しいただきました。 そして今回は、実際に地震や津波が襲ってきたときに、どのようにして命を守るのかを考えるために、全国で住民の手によるハザードマップつくりを指導してきた池田碩さん(奈良大学名誉教授)を話題提供者に迎えて、大阪市北区で暮らしたり働いたりしている人々ができることを考えました。 池田さんははじめに、大きな被害をもたらした常総市鬼怒川の氾濫(2015年9月)、倉敷市真備地区の水害(2018年7月)は、実はいずれも行政がハザードマップを作製していて、そこに想定されていたとおりの水害であったことを示しました。ところが、それにも関わらずハザードマップが全く生かされず、人命も救えなかったわけです。現在大阪市が作成しているハザードマップでも、水害が発生した場合に想定される浸水の深さ、避難所と一般的注意が示されているだけなので、これらの失敗から学ばねばなりません。また、池田さんは、過去の大規模な土砂災害や水害被害の記憶や記録が、しばしば地名や碑に残されていることを紹介しました。 池田さんが示したもう1つの事例は、宇治市志津川地区と若葉台地区のハザードマップです。志津川地区では過去に水害を経験しています。志津川地区のハザードマップでは、その経験を生かして、集落ごとに班長を決め、避難場所までの避難経路も詳細に記載されています。また、崩落や浸水の危険箇所も示されています。これらは、地域の住民自身の手によって作られたものです。これでやっとハザードマップは、本当に頼りになるものになります。また、集落を構成する世帯の家族構成も年々変わってゆくでしょうから、ハザードマップも随時更新されてゆくべきものということにもなります。 しかし、農村と違って、大阪市中心部のような都心では、昼間は住民の5倍から10倍の一時滞留者が多数を占めており、その大多数は地域の地理に全く不案内です。そのため、地域住民のためハザードマップだけではほとんど役に立たないことになります。商業地や地下街は、詳細なハザードマップをインターネット上に掲げ、誰でも日常的に簡単に閲覧できるようにするべきであるとの意見が出されました。また、近い将来、地域住民の4割以上が独居となり、その多くが高齢者となることが予想されているので、日常的な地域の繋がりをつくってゆくことの大切さも指摘されました。池田さんは、「災害は繰り返し起こる、災害は忘れたころにやってくる、私たちは今たまたま「災間」を暮らしているのだ」と強調しました。池田さんは、例えば地域の学校の教科として、地域のおじいさん、おばあさんの災害経験の聞き取り調査を行ない、文集としてまとめ、次の世代の子どもたちが関わるかたちで、地域で過去の災害経験を共有し、継承できるようにすることを提案してくれました。 今回のサイエンスカフェには、北天満地区の町会の皆さんと、商店街の役員、北区役所の防災担当者に加えて大阪駅周辺に買い物に来たり、通学経路であったりする若者たちが寄り合い、それぞれの立場から必要なこと、できることを出し合うとても良い機会となりました。このサイエンスカフェが、大阪市における「使えるハザードマップ」つくりのきっかけとなってくれることを期待したいと思います。
第125回 大阪の津波対策 南海トラフ地震は、その発生確率が今後30年間に70~80%に引き上げられました。海溝型の地震はプレートの沈み込みによるので、ほとんど周期的に起こります。地域で行われている防災の取り組みでも、南海トラフ地震は必ずやってくると強調されています。 商都大阪は、淀川、大和川が大阪湾へ注ぎ込む河口地帯が交通・物流の要所となり、形成された水の都です。市中には道頓堀などの運河が張り巡らされ、周辺の農村でも水路をたどる舟が主要な交通手段でした。そのため、大阪は今も湾岸地域にたくさんの人口と施設を抱えており、南海トラフ地震で一番心配されるのが、海溝型地震で必ず発生する津波です。2011年の東日本大震災でも、岩手、宮城、福島の1万6千人近い犠牲者の実に9割が溺死でした。 昨年11月の第114回北天満サイエンスカフェでは、地質学の田結庄良昭さんが、南海トラフ地震で津波や家屋倒壊など、軟弱な沖積層の上にある北区で心配される被害について具体的に概説しました(なお、田結庄さんのサイエンスカフェでの報告は、月刊誌『日本の科学者』2018年5月号に論文としてまとめられているので参照してください)。今回はこれを受けて、大阪府都市整備部河川室の松枝俊明さんに大阪府が実施している津波対策を重点にお聞きしました。 今年9月4日に近畿を直撃した台風21号は、風と高潮で関西空港も冠水させましたが、大阪市沿岸でも、大阪湾最低潮位(OP)を基準として4.59 mの高潮を記録しました。これは大阪の計画堤防高4.30 m を超えており、実にきわどい状況であったことが報告されています。海があふれて市中に流れ込んでくる事態を想像して震えた大阪市民も多かったのではないでしょうか。 南海トラフ地震では、海溝型大地震特有の大きな津波に加えて、長時間続く強い揺れが、湾岸地域の軟弱な地盤を大規模に液状化し、これにより防潮堤が沈下したり、崩壊することが心配されます。1995年の兵庫県南部地震では、大阪市内は震度4であったにも関わらず、淀川左岸堤防は3 mも沈下してしまいました。幸いこの時は、直下型断層地震であったため、津波はありませんでした。大阪府もこの問題を認識し、堤防地盤の液状化対策を最優先、緊急の課題として取り組んでいます。実際には防潮堤の両脇に板を打ち込み、その内側の砂層にコンクリートを流し込んで固めるという工事を実施しています。安治川、尻無川、木津川河口の3水門の外側、および西淀川区の堤防については、今年度末までに液状化対策工事を完了させ、水門より内側の堤防についても2024年度末までに補強を実施します。松枝さんによると、これでL2級(マグニチュード9クラス)の地震が来ても、堤防は崩壊しなくなるとのことです。 しかし、津波に対しては、L1級(マグニチュード8クラス)の地震しか想定していないので、堤防のかさ上げ工事は実施していません。そのため、南海トラフ地震が東日本大震災クラスの巨大地震となった場合、津波はやすやすと堤防を越えてゆくことになります。1707年に発生した南海トラフ地震、宝永地震(推定マグニチュード8.4以上)では、大坂三郷で津波による溺死者は1万6千人以上に上ったと記録されています(矢田俊文さん)。なお当時この地域の人口は35万人でした。宝永地震を超える巨大地震には現在の対策では耐えられないことになります。 サイエンスカフェでは、東日本大震災を教訓にしているはずなのに、なぜこのような中途半端な対策になっているのかと問われました。これに対して、千年に1回程度しか発生しないL2級の地震の対策のために、膨大な予算をつぎ込むことはしないとの回答でした。 確かに大阪市内には千年を超えて存在し続けることを期待して作られている構造物はないのかもしれませんが、大阪に都市が形成され、都になってからでも既に1400年近くが経ています。実際にこの地に千年以上人が住み続け文明が築かれてきたのです。大阪の津波対策は、この人の暮らしの在り様が、これからこの地において、どのように継続されてゆくべきなのかを深く問うているのではないでしょうか。2025年に開催される大阪万博は「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマにするというのですから、ぜひこの課題にも光を当ててもらいたいものです。
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