北天満サイエンスカフェ

北天満サイエンスカフェ
北天満サイエンスカフェは、天五中崎通り商店街(おいでやす通り)で行われている、まちづくりと地域活性のための
プロジェクトです。お茶を飲む気軽さで、科学者と一般の皆さんが議論・交流する場を提供しています。


第97回 「がん治療最前線 放射線治療の現在」
今日の話題提供は高橋成人さん。当サイエンスカフェでは、福島原発事故の直後の2011年4月に「これだけは知っておきたい放射能の基礎知識」と題して話題提供していただいてから、5年ぶり2回目の話題提供となります。高橋さんの専門は放射化学。前回は放射能・放射線から身を守る話でしたが、今回は放射線をがん治療に積極的に応用しようという話。実際に、高橋さんが今開発に取り組んでいる新しい治療法についても紹介されました。

先ずは、周期律表を見ながら元素と放射線の基礎知識のおさらい。現在118番の元素までが発見されています。113番の元素が理化学研究所の森田さんらによって確認され、ニホニウムと命名されることになったというニュースがあったばかりなので、元素の命名法も話題に。天然に存在するのは、92番のウランまでで、それより後の重い元素は、人間が作り出して確認されました。原子核は重くなるにつれ不安定になり、Bi(ビスマス、83番)以降の原子はすべて放射性元素となります。つまり、原子が放射線を出しながら、自発的に崩壊していきます。温泉地でよく聞く、Rn(ラドン、86番)、Ra(ラジウム、88番)も放射性元素です。重い原子の核分裂で生成したセシウム(55番)、ヨウ素(53番)、ストロンチウム(38番)も放射性同位体を含むので、原発事故では大きな問題になりました。一方、生き物にとって必須元素である自然界のカリウム(19番)も放射性同位体カリウム40を0.01%程度含んでいます。カリウム40は、寿命が13億年ととても長いので、地球が誕生してから少しずつ崩壊しながらも存在し続けているのです。



放射線とは一言で言えば、化学結合を切ってしまう程、大きいエネルギーを持った粒子や電磁波のことです。アルファ線(ヘリウム4の原子核)、ガンマ線〈電子〉、ガンマ線(電磁波)、紫外線(電磁波)、X線(電磁波)、中性子線など、たくさんの種類あります。このような放射線は、目で見えなければ匂いもないものですが、いつもサイエンスカフェをしている商店街にもたくさん降り注いでいます。宇宙から飛んでくるものもあれば、土埃やコンクリートから放たれているものもあります。実際に高橋さんが持参された放射線検知器(GMカウンター)の電源を入れると、頻繁に検知音が聞こえることに驚かされます。

放射線の基礎知識の次は、人間の体の細胞についての説明がありました。高橋さんによると、「がん細胞はミスコピーの細胞」とのことでした。人は生きている限り、体を作っている細胞が新陳代謝で日々入れ替わっています。その過程で、毎日1000~2000個のミスコピー細胞ができるそうです。しかし、それは体に備わっているクリーニング作用によって除去されています。ミスコピーがあまりにも多すぎる時、あるいは白血球によるシュレッダー機能が働かない時に、ミスコピー細胞を除去することができなくなり、それががん細胞として猛威を振るうようになります。

既に放射線は、がんの治療や検診に広く使われています。最近、がん検査でよく耳にするPET検診も、陽電子という放射線を利用しています。がん細胞は活発に代謝するため、ブドウ糖をたくさん取り込む性質があります。ブドウ糖に陽電子を放出する放射性同位体で標識を付け、これを注射するとがん細胞に優先的に取り込まれます。標識原子から放出された陽電子がすぐ近くの電子と衝突して出てくるガンマ線を検出してやれば、4~5 mmのサイズのがん細胞でも発見可能。欧米ではがんが疑われた時にはすぐにPET検査をするということでした。実際に今回の参加者の中にもこの検査を受けたことがある方もおられました。

また、がんの治療法として、現在では外科的にがん化した組織を切除する他に、薬剤の投与、がんに放射線を照射してがん細胞を殺すという方法も併用されています。しかし、外部の線源から強力な放射線を照射する方法では、放射線の通り道にあるがん細胞以外の正常細胞も傷つけてしまいます。



高橋さんは、ウランを含む鉱物から放出されるアルファ線がたった1枚の紙で完全に遮蔽されることを、持参された放射線検知器で実演してくれました。これにも参加者はびっくり。アルファ粒子は、エネルギーはとても大きいけれども、重い粒子であるので、容易に遮蔽されてしまいます。もし、がん細胞のごく近傍にアルファ崩壊する原子を集積させることができれば、正常な細胞をほとんど傷つけることなく、ピンポイントでがん細胞を殺すことができます。

がん細胞は代謝が活発なだけでなく、細胞表面の性質も変化していることを利用して、がん細胞を識別する化学物質に乗せて、アルファ崩壊する原子をがん細胞まで運ぶことができれば、がんを細胞レベルで狙い撃ちすることも可能になります。この方法は、0.1 mm にも達しない極めて初期の段階のがんに有効であろうと期待されます。

放射線を出さない安定なホウ素化合物をがん組織に集積させ、体の外から中性子線を浴びせると、ホウ素原子核がリチウム原子核へ核変換されます。このときにもアルファ線が放出されるので、ガン細胞を壊すことが可能になります。高橋さんは、この方法(ホウ素中性子捕捉療法)が将来がん治療の最も有望な方法になるだろうと考え、このシステムの開発に、医師らと共同で日夜取り組んでいるとのことでした。

今回のサイエンスカフェにも、たくさんの方に参加していただきました。今ちょうど放射線治療を受けているという方も参加され、これからのがん治療法の進展に強い関心が寄せられました。

第96回 「ゲノム編集とは何か? 遺伝子操作の最新事情」
今回のサイエンスカフェのテーマは、最近、新聞やテレビでも多く取り扱われ、世間的にも関心が集まっている「ゲノム編集」。 大阪大学医学研究科で中心的にゲノム編集を研究している真下知士さんに話題提供していただきました。 ここ最近は幸運にもサイエンスカフェ日和が続き、前回以上に多くの参加で、30脚用意した椅子も足らず、 10名以上が立見となりました。いつも申し訳ありません。 なかには、今回のサイエンスカフェの開催を知り、東京から駆けつけたという方もありました。



ゲノム編集とは、目標とする特定の遺伝子のDNAを切断し、その遺伝子を破壊したり(ノックアウト)、新たな別の遺伝子のDNAを挿入したり(ノックイン)する技術のことです。 DNAの切断には、これまでにZinc finger(1996年)、TALENs(2010年)という方法がありましたが、2012年にCRISPR/Cas9とう新しい方法が確立され、格段に効率よくゲノム編集が可能になりました。 これに貢献した3人の生物科学者は今年の一番のノーベル賞候補だそうです。 CRISPRとはガイドRNAを用いてDNA配列を読む能力を持つタンパク質のことで、これによって目的としている遺伝子を探し、Cas9という「はさみ」を組み合わせて利用することで特定の遺伝子を切ることができます。 実はこのCRISPRは1987年に大阪大学微生物病研究所の中田篤男さんらによって発見されていたものです。



人間の体は60兆個もの細胞からできています。 その一つ一つの細胞ごとに、遺伝子が1セットずつ収納されています。 自然界では、放射線などによって遺伝子がつぶれ、その細胞が異常になることは日常的に起こるイベントです。 しかし、動物や植物の体は、たくさんの細胞で作られているので、限られた数の細胞が機能しなくなっても、生物個体が正常に生きてゆくことができるようになっています。 したがって、ゲノム編集によって限られた数の細胞の遺伝子を操作しただけでは、生物個体全体の性質を変えることはできません。 生物個体全体、あるいは器官の細胞を遺伝子操作した細胞に置き換えるには、胚や幹細胞の遺伝子を編集して、その細胞を体の中で増殖させるという次の手続きが必要になります。 真下さんたちは、マウスやラットの胚の遺伝子を操作して、遺伝子改変マウス、ラットをつくる研究を進めています。 ラットにヒトの遺伝子を導入したヒト化ラットをつくることも可能になります。 これらは、肥満など遺伝子の関与する人間の様々な病気の治療にも役立つと考えられていますが、人間の受精卵へのゲノム編集には倫理的観点からの強い批判があります。

遺伝子操作は、すでに産業においては、大豆やトウモロコシなどの遺伝子組み換え作物に利用されており、格段に進歩した新しいゲノム編集技術は、これらをさらに加速するものと思われます。 真下さんは、ゲノム編集によって、肉の量が2倍の牛や、アレルギー物質のない穀物、日持ちするトマトの開発、カイコに薬や化粧品の原料を作らせるなどの例をあげました。 さらに、マラリアを媒介する蚊にマラリア抗体遺伝子をゲノム編集で導入し、その蚊を放って、熱帯地域のマラリアを撲滅するという計画があることも紹介してくれました。 この場合、自然界の蚊がすべてゲノム編集された蚊に置き換わってしまうので、それによる生態学的な影響も考慮されねばなりません。 農作物に害を与えるウリミバエを退治するために、不妊化したウリミバエを放つということはされていますが、質的に異なるものです。

このような話題提供を踏まえ、参加者からは「実際にヒトにゲノム編集が応用されるのであれば、まずは赤ちゃんを産むお母さん・女性がこの技術に対して理解を深めるべきではないか」 「しかし、皆が高等教育を受けるわけではないため、このような難しい最新の技術を理解する手助けがもっと必要だ」という意見がありました。 この声に対して、真下さんからは「遺伝子組み換え・ゲノム編集は人間のエゴかもしれないが、同時にもっとより深く生命のことを知りたいという欲は人間のサガでもある」 「研究者間での議論では抜け落ちてしまう論点もあるため、市民の方から声を上げてもらうというのはとても大切なこと」とコメント。 研究者と市民が直接対話するサイエンスカフェに期待される役割についても再確認する機会になりました。 ゲノム編集技術が大学や研究所の実験室から出て、産業化あるいは医療の現場で使われるようになる前に、市民は研究者と対話を重ね、市民がその技術利用をしっかりコントロールできるようになることが求められています。

…(続き)