北天満サイエンスカフェ
北天満サイエンスカフェは、天五中崎通り商店街(おいでやす通り)で行われている、まちづくりと地域活性のための
プロジェクトです。お茶を飲む気軽さで、科学者と一般の皆さんが議論・交流する場を提供しています。


第139回 林業の再生と私たちの暮らし
今回で3回目を迎えましたオンラインでのサイエンスカフェ。第139回のテーマは「『林業』再生と私たちの暮らし」です。和歌山大学観光学部から大浦由美さんにお越しいただき、森林資源の活用についてお話しいただきました。また、縁樹の糸 代表の加藤貴章さんから、自然と共に暮らすことについて、樹から生み出された「縁樹の糸」を紹介していただきました。



日本は国土の6割以上が森林であり、南北差・高低差のために、少ない面積でありながら多様な植生が実現されています。その豊かな森林は美しい景観を生み出すだけではありません。用途に合わせて性質の違う樹種の使い分けがなされ、人々の生活の多くの場面で木材が活用されてきました。  また、森林には非常に多面的な機能が備わっています。木材や山菜などの物的資源の生産だけではなく、洪水・渇水の緩和や水質浄化、土壌の保全、炭素の固定・貯蔵、快適な環境形成、ストレスの緩和などなど、実に様々です。  森林からの物的資源の価値と、森林の存在の価値とは二律背反の関係にあります。ですから私たちが豊かな森林と共にあるためには、利用と育成のバランスが取れた適切な森林の管理が必要です。

現在の日本の森林は約4割が人工林です。戦中・戦後の莫大な木材需要のために、伐採・植林が繰り返され、さらに天然林や里山も人工林へ転換されていったためです。しかし外材の関税大幅削減と化学製品の普及によって国産材の需要は減少の一途をたどり、木材価格は下落しました。そのまま価格が低迷しているため林業の収益性は非常に低く、手入れをするほど赤字が膨らむ構造が出来上がってしまいました。しかし、人工林は適切な手入れがされなければ不健康な状態になってしまいます。林業の衰退によって放置された不健康な人工林はますます国内林業を圧迫していくことになるのです。

収益性の低さや建材への需要固定、買い手優位の市場といった課題を解決しようと、新たな国産材利用の取組がなされています。新たな森林資源活用は、林業の再興だけでなく、循環型低炭素社会への貢献にも大きな役割を果たすことが期待されています。  そのひとつが木材の地産地消です。輸送時の運搬エネルギーを小さくできるという大きな利点があります。さらに生産者と消費者をつなぐことで、森林所有者がニーズの変化を敏感に感じとり森林管理計画に反映させたり、消費者が製品の背景に思いを馳せるきっかけになったりという利点もあります。  このことは既存の木材利用の場面に限りません。モノづくりを通じた新たなプロジェクトや木育の取組にも関心が集まっています。これまで林業の関係者は生産者と加工業者に固定されていましたが、新たなプロジェクトが立ち上がれば他業種の人々と広く関わりを持つようになります。また、幼いころから木に触れることで、生活と森林の関わりを自ずと考えるようになることが期待されています。そうして社会の中に林業が様々な形で関わるようになり、地域の消費者や未来の消費者とともに地域に根付いた持続的な林業を実現できるようになるかもしれません。

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森林資源の新たな利用可能性の一例として、加藤さんから「縁樹の糸プロジェクト」が紹介されました。「縁樹の糸」は木材をナノレベルまで細かくする技術によって生み出されます。化学繊維では不純物として取り除かれていた成分をあえて利用することで、樹の風合いや香りをそのまま活かした商品を展開しています。また、日本各地の寺社やホテルなどとタッグを組み、その土地の樹を原料とする製品で空間をデザインする取り組みにも力を入れています。「樹をまとう」ことで原料のストーリーや背景を意識でき、循環型社会へ貢献できるのではないかとのことです。

大浦さんは最後に、林業の再生とは木材生産の再生ではなく、森づくりや木材利用の循環という社会的関係を実際の交流によって意識的に再構築することだ、と締めくくられました。記事では紹介しきれませんでしたが、魅力的な取組みがあちこちで行われています。すこし注意を向けてみれば、私たちの身の回りには意外とたくさん木と関わる機会があると気づくのではないでしょうか。楽しみながら未来のことを考えていきたいですね。

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第138回 ウイルス感染とのつき合い方
前回に引き続きオンラインでの開催となった第138回サイエンスカフェ。平時以上に多くの方にご参加いただきました。 また、今回は初の試みとして小グループでの対話を取り入れてみました。主催者だけでは人手が足りず、参加者の方にご協力いただきました。グループのまとめ役を引き受けてくださったお二人には心から感謝申し上げます。ありがとうございました。



今回のテーマは「ウイルス感染とのつき合い方」。話題提供は京都工芸繊維大学の宗川吉汪(そうかわ よしひろ)さんです。ヒトの免疫機構とコロナの特異性について主にお話していただきました。 さて、現在新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)によって引き起こされる呼吸器疾患(COVID-19)が世界中で流行しています。このウイルスは中国・武漢市で初めて発見されました。動物を媒介して人間に感染したといわれています。

まずウイルスとは、遺伝子(DNA or RNA)を囲むタンパク質の殻(カプシド)からできた微粒子で、20〜300 nmととても小さいのが特徴です。 ちなみにコロナウイルスの遺伝子は一本鎖RNAであり、このゲノムが変異しやすいのが厄介な特徴です。 ウイルスは単体では増殖することができません。コロナウイルスの表面のスパイクタンパク質が細胞の表面にある受容体を認識して結合し、細胞内に入り込む(感染する)ことが必要です。 細胞内で、ウイルスの遺伝子複製とタンパク質合成を別々に行い、それらを組み立てることによってコロナウイルスは急激に増殖していきます。

さて、ヒトはどのようにして様々なウイルスや病原体から体を守っているのでしょう。 大きく分けて自然免疫と獲得免疫の2種類があります。 自然免疫とは、抗原特異性が低い細胞によるもので、食細胞が異物(ウイルス)を食べてしまったり、ウイルスの侵入を認めるとインターフェロンを産生したりして免疫の機能を果たします。 今回のコロナウイルスは、本来ウイルス増殖を抑制するはずのインターフェロン系を逆手に取り、コロナウイルスの受容体を細胞側に誘導してしまうのが特徴です。しかも一本鎖RNAでゲノムが変わりやすいため、同じ人が何度もコロナウイルスに感染する可能性があったり、ワクチンを作りにくかったりと、何かと厄介なウイルスです。

ヒトの免疫にはもう一つ、獲得免疫があります。これは抗原特異的な免疫で、その情報が記憶されることで次回の感染時に急速かつ強力に抗体を産生できるというものです。狭義には、この記憶を獲得することが免疫といえるでしょう。 この獲得免疫はさらに2種類に分けられます。 感染した細胞ごとウイルスを殺してしまう細胞性免疫と、とても小さいウイルスを抗体で凝集・不活性化させ、食細胞によって退治する体液性免疫です。

この抗体には5種類があり、そのうちの1つにIgAと呼ばれるものがあります。他の抗体が主に血液中に存在するのに対し、このIgAは鼻や喉をはじめとする粘膜上に分布しています。 コロナウイルスの侵入時に対応するのはこのIgAですが、その半減期は短く、しかもワクチンではこのIgAを誘導することができません。なぜならワクチンが誘導できるのは血液中の抗体であるからです。コロナウイルスは血液を介して感染することはありませんから、ワクチンだけでは重症化を防ぐことはできても初期感染を防御することはできません。 また、抗ウイルス薬等も、完全にウイルスを体内から駆逐することはできず、最終的には個人の持つ免疫機構に頼ることになります。 ですからコロナウイルスの感染拡大を抑えるためには、個人が免疫力を高めることと、十分な検査によって感染者を隔離することが何より有効で重要だと宗川さんは言います。

後半の話し合いでは、それぞれがストレスを抱える中で、行動の基準を自分で判断したり、ガイドラインを待つのではなく自ら考えたりすることの必要性が共有されました。 先の見えない不安や、社会的・経済的状況・現場の混乱など様々な要素が複雑に絡み合い、個人の立場によって意見が対立する場面がしばしば見られます。絶対の解答が存在しない問題だからこそ、他者の立場の理解と、事実に基づいた思考の共有が必要です。今回のサイエンスカフェはそのために大きく貢献できたのではないでしょうか。段階的な規制解除に伴って、今後さらに個人の判断が重要になっていきます。情報を追跡し、知識を収集して、これからのことを考え続けてきたいですね。

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第137回 パリテ 男女半々入門 女性の政治参加で変わる社会
いつもは商店街で行うサイエンスカフェですが、今回は新型コロナウイルスの影響で初のオンライン開催となりました。 今回の話題提供者は、大阪大学人間科学研究科の元橋利恵さんです。様々な組織における意思決定が、偏ったメンバーで行われていることに警鐘を鳴らし、「パリテ」を紹介してくださいました。



「パリテ」とは、男女同数の政治参画を規定しているフランスの法律です。日本でも2018年に「政治分野における男女共同参画推進に関する法律」が成立しました。これによって各政党に男女の候補者数を均等にする努力義務が課せられましたが、まだまだ、浸透し効果があらわれているとはいえません。

現在の日本は男女格差が非常に大きく、2019年のジェンダーギャップ指数(男女格差の指標)は153ヶ国中121位と過去最低を記録しました。特に政治と経済の2分野の得点が顕著に低いのが特徴です。例えば政治の分野では、2020年現在でも女性の国会議員は全体の1~2割程度に留まっています。元橋さんによると、この割合は女性同士の新たな競争を生みやすく、彼女たちにとっては非常にしんどい状況だそうです。だからこそパリテによる男女半々の実現が大きな意味を持つのですね。

しかし、男女が同数になればそれでよいという訳ではありません。議会は、国民の意見を正確・確実に反映するために多様な属性の代表が平等に参加することが求められます。 これについて参加者からは、「何をもって平等とするかは非常に難しい問題だ」「多様性と迅速な判断の両立のためには、他者への尊敬や科学リテラシーが必要だ」などの声が聞かれました。

また、「パリテ」は政治の世界に限ったことではありません。私たちの身近でも重要な考え方になると元橋さんは言います。 慣習的に、リーダーには行動力や強さなどの作動性が求められてきましたが、これは社会規範としての「男性らしさ」と非常に近く、「女性らしさ」とは遠いものです。 そのためリーダーになる女性は本人の大きな負担に加えて、周囲から社会規範を外れた人物として異端視されることにもなりかねません。 様々な意思決定の場における多様性を確保するためには、リーダー観そのものの変化が必要です。単なる作動性だけでなく、時に寄り添い、人との関係をうまく調整できる協同性をも併せ持つリーダーの存在が、全ての個人が等しく尊重され意思決定に関われる社会を実現に近づけるのではないでしょうか。

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《追記》
人々の価値観を変えようとする過程では、違和感や不満、不都合が必ず生じるものです。しかしそこで足を止めてしまうのはなく、ゴールと現在地、予定進路をしっかりと共有し、制度の導入と人々の理解を共に進めていくことが大切だと気づかされた時間でした。

…(続き)