北天満サイエンスカフェ
北天満サイエンスカフェは、天五中崎通り商店街(おいでやす通り)で行われている、まちづくりと地域活性のための
プロジェクトです。お茶を飲む気軽さで、科学者と一般の皆さんが議論・交流する場を提供しています。


第152回北天満サイエンスカフェ「水素はエネルギーの救世主か?」
今回のテーマは「水素はエネルギーの救世主か?」市村正也さん (名古屋工業大学) をゲストに迎え, 水素燃料の利用とその課題について話題提供していただきました。



水素は燃焼時にCO2を排出しないため, 現在の日本ではエネルギーとしての水素利用に注目が集まっています。例えば, 火力発電所や燃料電池による発電, 製鉄時に使われるコークス (石炭) の代替品などへの利用することが検討されています。

しかし, エネルギーへの水素利用には2つの大きな課題があります。 1つは, 水素 (H2)を製造する過程でCO2が排出されることです。水素ガスは自然界に存在しません。そのため, エネルギーとして利用するためには, 化石燃料や自然エネルギーなどを変換・加工して水素 (H2) を作り出す必要があります。その方法は水の電気分解や, 化石燃料の水蒸気改質による製造や, コークスや苛性ソーダ製造過程からの回収など様々です。しかし実際には, 水素の約98%が化石燃料から製造され, さらにその過程ではCO2が排出されているのが現状です。

課題のもう1つは, 水素を利用する際のエネルギー効率が悪いことです。 まず化石燃料から水素を製造する段階で, エネルギーの約30%が失われてしまいます。原料の化石燃料を直接燃やす場合と同じエネルギーを水素から得るためには, 約1.4倍の化石燃料を消費しなくてはなりません。さらに発電時の変換効率も考慮しなければなりません。化石燃料を直接燃やした場合の発電効率は約60%ですが, 水素に変換し燃料電池を用いた場合の総合の発電効率は約28%です。つまり, 化石燃料を直接燃やす場合と同じ電力を得るためには, 結果的に約2倍の化石燃料を必要とします。

では, 化石燃料を使わず, CO2も排出しないように, 再生可能エネルギー発電による水の電気分解で, 水素を製造すればよいのでしょうか。もしも再生可能エネルギー電力が日本の電力需要全体を上回っており, その余剰電力で水素を製造するならば, 実現可能です。しかし実際は, 電力需要の一部を再生可能エネルギー発電が担っていますから, 水素製造に利用したときの不足分は主として火力発電によって補わなければなりません。結局今のままでは, 化石燃料消費を減らす手助けにはならないと言えるでしょう。

エネルギー問題は私たちにとって非常に身近で重要な話題です。表面的な見方に惑わされることなく, 私たちが考えるべきことは何か, しっかり見極めていきたいところですね。

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第151回北天満サイエンスカフェ「待ったなし 気候危機を回避するために〈IPCC第6次報告を読む〉」
11月1日から行われるCOP26に向けて, IPCC (気候変動に関する政府間パネル) による第6次報告書が発表されました。 今回は, 河野仁さん (兵庫県立大学) と歌川学さん (産業技術総合研究所) を話題提供者に迎えて, その内容の一部を分かりやすく解説していただきました。



地球の気温は, 太陽や火山活動など自然の働きによっても上昇します。そこで, 実際に観測された気温上昇のうち, 温室効果ガスなど人為的な影響によるものがどれくらいあるかを知る必要があります。気象モデルを用いた計算の結果, 1990年以降の気温上昇について特に人為的な影響が大きいことが示されました。その中でも二酸化炭素とメタンの寄与分が非常に大きいことが報告されています。二酸化硫黄など一部の排出物には冷却効果がありますが, 有害物質であるため排出するわけにはいきません。

気温上昇に伴って北極の氷が溶けてしまうと太陽光の反射率が減少するため, 北半球高緯度地域は激しい気温上昇に悩まされることになります。2021年6月には既に, カナダやアメリカ, ロシアで35-50℃を記録しており, 極端な高温化が始まっていることが分かります。

また, 気温や海面水温が上昇すると大気に含まれる水蒸気量が増加します。これによって過去には考えられなかったような大雨やそれに伴う災害が各地で観測されるようになりました。台風や高・低温などの異常気象は, 偏西風が蛇行する波形が変化したことによってもたらされると考えられます。この偏西風の波形変化も, 気候変動のために地球の南北で温度差が変わってしまうことによる影響です。

もしも, このままのペースで二酸化炭素排出量が増加し続ければ, 人類社会や生態系は崩壊してしまいます。早急に温室効果ガスの排出量を減らす必要がありますが, 現在想定されている中で最も成功したシナリオでも, 産業革命前と比べて気温上昇を1.5℃以内に抑えることができない可能性が示唆されています。第6次報告書では, 1.5℃に抑えるには、2044年までに二酸化炭素排出を実質ゼロにする必要があるとされています。

私たちに残された時間はもうほとんどありません。IPCC報告の知見は, 気候変動枠組条約などに活かされていますが, それだけでは不十分です。個人から企業, 政府レベルまで, 何をしなければならないかを真剣に検討する必要があります。専門家だけでなく, 私たち市民も科学的知見を得て, 当事者として主体的に参加していかなければなりませんね。

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第148回北天満サイエンスカフェ 「年輪の同位体分析から読み解く気候変動と歴史」
今回は、名古屋大学大学院環境学研究科の中塚武さんをゲストに迎え、『年輪の同位体分析から読み解く気候変動と歴史』というテーマで話題提供していただきました。



近年、異常気象と呼ばれる記録的な気温上昇や集中豪雨などが頻発し、気候変動を感じずにはいられません。人類はこれまでにも幾度もの気候変動を経験してきました。例えば、縄文時代は現在よりも気候が温暖であったことや、江戸時代には寒冷な年に飢饉が起こり、一揆が発生していたということがわかっています。

このように、私たちの生活に大きな影響を与えてきた気候変動を、計測記録のない昔から、どのようにして知ることができるのでしょうか。それを調べるために、中塚さんたちは、木の年輪ごとのセルロース酸素同位体比を分析されています。木質のセルロースの酸素同位体比から、木が成長する夏の降水量を推測できるのです。日本では、雨の多い夏は冷夏となることが多いので、気温の変動とも関連付けられることが分っています。

中塚さんたちが利用した酸素同位体は質量数18の酸素(陽子8+中性子10)で、自然に存在する酸素の約0.2%を占めます。安定同位体なので放射能はありません。この酸素を含む水分子は重酸素水と呼ばれます。これに対して通常、重水といえば質量数2の重水素を含む水のことを言います。

質量の大きい重酸素水H218Oは、軽水H216Oに比べて、わずかに蒸気圧が低く、蒸気の拡散速度も小さいことが分っています。植物の葉っぱは、根から吸い上げた水を葉っぱの中で蒸発させ、気孔から大気中に蒸散させています。その結果、盛んに蒸散が起こる晴れの日が多いと、葉っぱの中で光合成によって有機物に固定される重酸素同位体の比率が高くなり、逆に雨の日が多いとこれが低くなることが起こります。この原理により、古いお寺の建築材や遺跡から出土した木材からも当時の気候を復元できるのです。

日本の気候だからこそ進展してきたこの分野。日本の中でも有数の長樹齢のヒノキ林がある木曽や伊那などに近い名古屋大学は、世界でも最先端の研究を誇っているそうです。そんな中塚さんに対して、参加者からは海外で同位体による研究が進んでいない理由や、また今後の地球温暖化についてなど多くの質問が寄せられ、とても盛り上がったサイエンスカフェとなりました。さらに、今回のテーマは歴史学や考古学にも深く関係しており、学生の私はこれからの時代における文理融合の重要性を強く感じました。

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第147回北天満サイエンスカフェ 「太平洋を覆うプラごみ フィリピンにおけるプラごみ流出を例に」
今回は「太平洋を覆うプラごみ フィリピンにおけるプラごみ流出を例に」についてです。甲南女子大学の瀬木志央さんに話題提供していただきました。



瀬木さんのお話の初めに、フィリピンの青い空と海、砂浜が広がっている綺麗な写真を見せていただきました。しかしそれは写真の上半分の景色であり、隠れていた下半分にあった砂浜に打ち上げられた海ごみは壮絶なものでした。そのなかにたくさんのビニール袋や発泡スチロール、色とりどりのプラスチックの破片を見つけることができます。海洋にプラごみを流出している第1位は中国、第2位はインドネシア、フィリピンは第3位で、東アジアの国々が太平洋の主要な汚染源になっています。

その海ごみには、フィリピン国内から流出したものも多く含まれています。その1つの背景にはフィリピン社会の「サシェ(Sachet=小袋)・エコノミー」があります。これは小袋でばら売りするもので、金額を上乗せでき儲けが上がる店と一度に大きなお金を払う必要がなくなる消費者の双方にとって都合が良いため、フィリピンでは一般的な販売形態です。しかしプラスチックを大量消費・廃棄することの原因になってしまいます。

さらに、フィリピンでは多くのごみが適切に廃棄処分されていないことも問題を深刻化させています。実は、プラごみ排出量自体は日本やアメリカなどの方が遥かに多く、適切に処分することが解決の鍵になるのです。対策として廃棄業者の賃金を上げる、コンポスターを普及させる、またメディアと協力して視聴者の意識を変える取り組みが行われています。しかし技術や資本の不足、また日本とは異なる政治制度により、改善には遠い現状です。

便利で生活には欠かせない一方で環境を壊し、海洋生物はもちろん私たちの人体にまでも悪影響を及ぼすプラスチック。私たちはどう向き合っていくべきでしょうか。討論では、横浜から参加のごみ焼却炉の開発に携わってきた技術者からコメントもいただきました。日本のこれまでの経験をフィリピンの市民と共有して、地球環境の問題として、国境を越えて市民と科学者が協力し合う草の根のネットワーク構想の提案もありました。

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…(前回以前の記録)