北天満サイエンスカフェ
北天満サイエンスカフェは、天五中崎通り商店街(おいでやす通り)で行われている、まちづくりと地域活性のための
プロジェクトです。お茶を飲む気軽さで、科学者と一般の皆さんが議論・交流する場を提供しています。


第104回 社会に浸透するAI  何ができて、何ができないのか?
時折小雨の降る日曜日、天五中崎通商店街から少しはずれた北天満会館に、20人を超える老若男女が続々と集まってきました。12月から2月の寒い季節は、屋内での開催です。今日のテーマはAI(Artificial Intelligence, 人工知能)で、近頃新聞やテレビでも頻繁に目や耳にするようになりました。話題提供は、理化学研究所で自動計測技術などの開発に携わる人工知能研究会の都築拓さんにお願いしました。実は都築さんは、今日のプレゼンのために、資料を準備していたのですが、直前にコンピュータごと壊れてそれを失ってしまいました。そのため、コンピュータに一番関わるテーマでありながら、黒板を前にしての完全アナログのサイエンスカフェになりました。

カフェはいつものように、参加者の皆さんに、AIについての関心や疑問を一言ずつ語ってもらうことからスタート。ディープラーニング(深層学習)、シンギュラリティ(特異点)、チューリングテスト...と、予備知識のない参加者にはさっぱりわからないカタカナ語が次々出てきたので、都築さんもさすがにこの場では、なるべく意識して日本語を使って会話しようということになりました。



はじめに取り上げられたのは、「深層学習」。最近になってAIが私たちの様々な生活場面に直接かかわりを持つことができる様になったのは、実は深層学習の進歩があってこそなのです。深層学習では、ものごとの特徴を抽象化して取り出し、それらを比較することによって共通の特徴をもつものを選びだす学習方法で、都築さんはAIがいろいろの形状のコップからコップの特徴を抽出して、コップを他の食器から見分けるということを例に出して説明しました。人間ならだれもがごく当たり前にやってのけることが、よく考えると本当はとても難しいことであったことが分かります。

これに対して、既に保険会社などで活躍しているIBMのAIワトソン君やGoogleの検索エンジンは、たくさんのデータから同じ言葉を探し出し、「要素Aがあるときには要素Bもある」というデータ間の関連付けを得意とするのですが、それらは旧来の記号処理によった技術です。

参加者からは、深層学習の例として、自動車の自動運転が挙げられました。深層学習では、AIが実際に何を判断基準に学習しているのかが、プログラム開発者にも分からないのではないかという指摘も。また、AIには身体がないので,いくら大量のデータを用いて学習しても、結局学習した事象の「意味」を理解していないのではないかというロボット研究者の見解も紹介されました。

都築さんは、AIがコールセンターで対応をする例をあげました。商品に対するクレーム電話があったときには、できるだけ丁寧に応答し、クレーム処理専門の部署に綱くようにすることは可能であろうと。そのとき、クレーム電話をかけた消費者は、相手(AI)が自分の怒りを感じて丁寧に対応したように勝手に思ってしまうかもしれないけれども、実際にはAIは声の高さなどに応じて対応の仕方を変えるだけに過ぎないのです。



参加者からは、AIは膨大なデータから学習していくのに対し、人間の子どもは遥かに少ない経験で学習してゆくことができる。この違いは何から生まれるのかという疑問が出されました。これに対して、人間や他の動物の学習では、情報を取り込む初期の段階で情報の抽象化というフィルターが掛かっていて、その後それらを関連付けるなどの「学習」を行っている。そのフィルターは動物進化の過程で獲得されたもので、人間の赤ん坊はそれを生得的に備えているからではないかという意見が出されました。都築さんはAIの学習においても同じで、フィルターを通す(いらないものを捨てる)ことが基本的操作になっていると指摘しました。AIの開発は人間の知能の進化を研究する上でも、とても有益であることが理解されます。

カフェの最後は、AI開発における倫理が話題に。都築さんは、もし自動車の自動運転装置の開発に、保険会社が関わるならば、事故のときに保険会社は自分たちの支払いが少なくなるように、自動運転を最適化することも可能だろうと。参加者からは、遺伝子組換え技術の産業利用規制に国際条約があるように、AIについても倫理規程が必要なのではないかと指摘がありました。今回のカフェは、非常に大きなテーマで、参加者の関心も高く、活発な議論もなされました。北天満サイエンスカフェは、また近いうちに別の切り口からAIを取り上げることにします。

第103回 光るシルク 遺伝子組換え技術の産業利用
みなさん年の瀬をいかがお過ごしでしょうか。12月に入り商店街路上はさすがに寒いので、暖かい室内でのサイエンスカフェとなりました。今回はつくば市から、農業・食品産業技術総合研究機構の冨田秀一郎さんに話題提供者としてお越しいただきました。冨田さんは新特性シルク開発ユニット長として、普段はカイコを利用した研究を行われています。そのカイコ研究のうち一つ、遺伝子組換え技術を利用した「光るシルク」の開発が今回の話題提供のテーマです。いつものように様々な方々、奈良県、兵庫県からも、また、学生や主婦、社会科の先生、繊維関係会社の経営者といった方々が集まってくれました。

富田さんは先ず、カイコと人間のかかわりを振り返ります。養蚕は5000年前に中国で始まり、世界中に広がりました。日本でも2000年以上の歴史があると言われています。江戸時代に作られた「養蚕秘録」という日本の技術書はフランス語に訳され、当時カイコの病気が流行っていた西洋で紹介されました。明治時代以降には外貨獲得のために養蚕が盛んになり、1930年代には西洋に向けて3万トン近く生糸が輸出されていました。しかし、現在は、全国で養蚕農家は群馬県を中心に400戸ばかりが残るのみ。今日では「量の中国、質のブラジル」ということで、この2国で生産される生糸が世界中に出回っています。多く作れば作るほど全体の上澄みとして上質なシルクが生まれるため、この2大産地には他国は到底力が及びません。しかし、日本の養蚕農家減少もついに底を打ったと富田さん。養蚕農家を目指す若い世代が出てきたそうです。



カイコの一生は意外と短く、卵から孵ってから一か月ほどで成虫になります。この飼育時間が短いことに加え、幼虫はエサがなくなっても逃げず、また成虫も翅があるが飛ぶことはできない、といった点がカイコの特徴ですが、これは家畜としての長所でもあります。また、大型で扱いやすく多くの系統が保存されているカイコは、これまでも生化学、遺伝学といった生物学の世界でも研究の材料として利用されてきました。mRNAの単離、ペプチドホルモンの発見、雑種強勢の発見といった科学の進歩にもカイコは寄与してきました。カイコの生糸はフィブロイン(繊維)とセリシン(繊維を束ねるのり)という2種類のタンパク質だけからできています。幼虫一匹が吐き出す生糸の長さは1200~1500mにもなると言います。また、卵から蛹になるまでの3週間では体重比にして1万倍にも成長し、蛹のなる前の幼虫体重の30%は絹糸を作る器官で出来ています。カイコはまさにたんぱく質製造工場であると言ってよいのです。

このカイコの特徴を上手く利用し、より人の役に立てることはできないか、という観点から、遺伝子組換えカイコの研究が進んでいます。この「遺伝子組換え技術」とは、普段一言で表現されることが多いのですが、正確には3つの技術を総合して指し示しています。まず、細胞の中にDNAを運び込む技術、次にそのDNAを染色体に組み込む技術、さらに狙い通りに組換えが起こった個体のみを選別する技術によって遺伝子組換えが行われているのです。それぞれのステップにおいて生物ごとに適した手法があるといいます。当サイエンスカフェでは、今年5月大阪大学の真下知士さんに「最新のゲノム編集技術」の話題提供をして頂きましたが、カイコの遺伝子組換えには、最新のCRISPR法ではなくゲノム編集第二世代のTALEN法が最適とのことでした。遺伝子組換えをしたカイコを利用すれば、バイオ医薬品といった有用物質の生産が可能になったり、天然シルクの弱点を補うような高機能シルクを作ったりすることができる可能性があります。その一つが今回のタイトルである「光るシルク」です。遺伝子組換えによって蛍光タンパク質を生糸に導入し、紫外線で暗闇でも光るシルクが作り出されました。開発当初は光ってもゴワゴワでありシルクとしては質の悪いものしかできませんでしたが、現在では糸の製造工程の工夫によって肌ざわりの良い光るシルクも作れるようになりました。色には青や緑、赤紫といった様々なバリエーションがあり、蛍光ウエディングドレスといった製品の試作も行われています。また、シルクの成分を利用した化粧品開発や細胞接着に関わる医療面での応用も進んでいる最中です。

日本では自然の生物多様性を守るために、遺伝子組換え技術の産業利用には、カルタヘナ法による規制があります。遺伝子組換え生物を飼育する場合、環境中に出さないで飼育する第二種使用と、自然界に出る可能性があるが生物多様性への影響の恐れがない場合に許可が下りる第一種使用があります。農家が光るシルクを生産するためには、第一種使用の許可を得なければなりません。第一種の使用許可を得るためには、環境安全性を裏付ける科学的データも収集せねばなりません。富田さんはそのための野外研究も紹介してくれました。野外には、カイコと同じ先祖を持つクワコが生息しています。仮に遺伝子組換えカイコが飼育施設から逃げ出し、クワコと交雑して子を作ると遺伝子の多様性が乱れてしまいます。実験室では、カイコとクワコは交雑することが確認されています。もし、長い養蚕の歴史によって野外に出たカイコとクワコの交雑種が生まれておれば、遺伝子組換えカイコも自然界に拡散してしまう可能性があります。これを検証するため、富田さんたちは日本地図の桑畑の記号を頼りに、日本各地にある桑畑周辺でクワコを集めて遺伝子の分析を行いました。不思議なことに、野外では交雑種の存在は未だ1例も確認されていないそうです。逆に1例も発見されないとなると、むしろこれで安心というよりは、調査方法に問題がある可能性も否定できないので、さらに検討が必要な状況であるようです。



人が口にする農作物だけでなく、既に様々な産業において遺伝子組換え技術は取り入れられています。参加されていた女性は、「遺伝子組換えって聞くと全部ダメ!と思っていたけども、人の役に立つ遺伝子組換えの一面も知ることが出来て良かった」という感想を述べました。また、冨田さんは「このような応用研究はお金にならないと意味がない。お金にならないと農家の役に立つことが出来ない。皆さんから、我々にはない視点のヒントをもらいたい」と。一方、衣料品会社の参加者からは、「魅力的な付加価値があっても庶民には手の届かない高価な糸しか生産できないならば、結局商品として扱えない」と厳しいコメント。今回は、カイコ遺伝子組換え技術の産業利用を通じて、それに関わる様々な問題が語り合われるサイエンスカフェとなりました。

…(続き)