• 第35回「幾つものノーベル賞の立役者『線虫』の話」

    Date: 2011.11.03 | Category: 未分類 | Tags:

    第35回北天満サイエンスカフェは「線虫」のお話でした。話題提供をしてくださったのは大阪大学理学部の木村幸太郎先生です。開始時刻の2時になると「ノーベル賞」という言葉に興味を持ったのでしょうか、何人かお客さんが座って始まるのを待っていました。

     

     

     

     

     

     

     

     

     
    線虫というと、人体に寄生する回虫やぎょう虫であったり、魚に寄生するアニサキス、など「寄生虫」というイメージを私たちは持っています。ですが先生は、寄生する線虫はごく一部であり、本日の主人公となる線虫も寄生しない線虫であると言われました。さらに、線虫は実は地上で一番種類が多い生き物だとも言われているそうです。

    「まずは実際に線虫を見てもらいましょう」
    先生がそう言って小さなペトリ皿を取り出し、回覧します。皿をよく見ると、2,3ミリほどの綿ぼこりのようなものが動いている、様な気がします。
    「それが、私が研究しているシー・エレガンス(C-elegance)という線虫です」
    「ではこの線虫にはどんな器官があるでしょうか?」
    先生から観客の方に向けてクイズが出されると、お客さんから様々な答えが返ってきます。
    「口などの消化器官があるんじゃないか」
    「生殖器はあるはずだ」
    「脳や神経は」

    こんな小さな生き物にそんなたくさんの器官があるのでしょうか?実は先述の器官は線虫には全てあります!
    お客さんから感心の声が上がります。
    すると先生から2問目のクイズが出されます。
    「ではそれぞれの器官にはどれくらいの細胞があるでしょうか?」
    線虫には959個の細胞があることを告げられると、様々な答えが帰ってきます。
    なんと959個の細胞のうち実に300個もの細胞が神経細胞であるそうです。

    木村先生はこの線虫の細胞の中で高い割合を占めている神経について研究されています。ですが線虫には数多くの種類があります。その中から何故この綿ぼこりのようなシー・エレガンスを研究することにしたのでしょうか?

    「それはシー・エレガンスがモデル動物だからです」
    モデル動物という言葉はお客さんも学生スタッフも聞いたことがありません。先生が解説をするのを、みんな興味深そうに聞きます。
    生物にはとてもたくさんの種類があります。そのため生物学者がそのすべての種類について詳しく研究することは困難です。そこで、いくつかの生き物を「モデル動物」に指定してその生き物を重点的にいろいろな生物学者が研究します。そうすれば人類は少なくともモデル動物については詳しく知ることができます。シー・エレガンスは飼育し易く、遺伝子の扱いが簡単である事などが、モデル動物として適していたのです。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    つぎに本題である線虫とノーベル賞のお話に移ります。
    線虫にまつわるノーベル賞は3つあります。

    1つ目は「プログラム細胞死」の研究です。
    プログラム細胞死とは何でしょうか?ヒトの発生を例に挙げて説明します。人の手はどのようにできるのでしょうか?手のひらしかないボールから5本の指が生えてくるのでしょうか?実はその逆で、まん丸い手から水かきにあたる部分がなくなって手ができるのです。つまり手を作るときに、指と指の間が死ぬように私たちの体は設計されているのです。このようなあらかじめ定められた細胞の死のことをプログラム細胞死といいます。
    この現象は線虫の研究によって発見されました。ヒトの細胞は何兆もあるので、発生の過程でどのように細胞が分裂して死ぬのか観察するのは困難です。ですが細胞の数が1000個に満たない線虫ならその観察も比較的容易になります。

    2つ目のノーベル賞は「RNA干渉」の研究です。
    DNAの遺伝子は、mRNAの暗号として読み取られ、さまざまな蛋白質はその暗号によって作られるのですが(これをセントラルドグマと言います)、RNA干渉法は、外部から特定の暗号に対応する鋳型RNAを導入し、mRNAのその暗号部分と結合させて、その暗号が発現するのを抑えてしまうという技術です。この技術の医療への応用が期待されています。この現象はシー・エレガンスで初めて発見されました。

     

    3つ目のノーベル賞は2008年に下村脩先生が受賞した「蛍光たんぱく質の研究です」
    光るたんぱく質を生物の観察したい箇所に組み込むことで、その生物を殺さずに観察することができるという、生物の観察に革命をもたらした研究にも線虫が関係しています。このたんぱく質はオワンクラゲの中にあるものですが、そのタンパク質を組み込むことができた最初の生物が線虫だったのです。

     

    最後に木村先生は線虫の研究をする意義を、先ほどのノーベル賞の話を踏まえて説明してくださいました。
    ヒトやサルを研究して新しい事実を発見することは難しいですが、比較的単純な構造をした線虫ならそれも可能となります。そしてそこでの発見が生物学のより高度な研究の下地を作り出すのです。ヒトの研究は人類社会を向上させる。線虫の研究は直接人類社会とは結びつきません。しかしヒトを研究するための生物学を発展させます。そこに線虫を研究する意義があるのです。

    今回のサイエンスカフェは質問やクイズなどがあって、お客さんの発言の機会が多くてとても盛り上がりました。
    木村先生、ご来場の方々ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。(W)